
30秒でわかる要点まとめ
・ポイント:退職勧奨は解雇ではなく従業員には応じない自由があり、進め方を誤ると労務紛争と約200万円規模の負担に発展し得ます。
・お読みいただきたい方:勤怠や勤務態度に課題がある従業員への対応を検討している建設会社の経営者
・リスクへの備え:面談前に事実関係と選択肢を整理し、心理的な圧迫を避けながら説明内容と本人の意思を記録します。
・記事で分かること:退職勧奨の紛争リスクを下げる3つの確認点
約200万円の負担に至った事例
以下は、提供された事故資料に掲載された実例をもとに、会社や個人の特定を防ぐため、地域、時期、役職、面談回数、具体的な発言内容を一般化したものです。金額も概数で記載しています。
ある内装工事会社が、勤怠や勤務状況に課題があると判断した従業員に退職を勧めました。その後、従業員は退職しましたが、「実質的な不当解雇だった」「退職を強く迫られた」「面談時の言動がハラスメントに当たる」と主張し、会社に金銭を請求しました。
会社は弁護士に対応を依頼し、最終的には話し合いによる解決を選択しました。負担したのは100万円台の和解に伴う賠償金と数十万円の争訟費用で、合計約200万円です。
和解による解決は、会社側の違法性が裁判で確定したことを意味しません。一方で、会社に正当な問題意識があったとしても、退職を勧めた理由、面談時の説明、本人の反応、検討時間を与えたかどうかが記録されていなければ、会社側の説明は難しくなります。
厚生労働省が公表した令和7年度の個別労働紛争解決制度の施行状況では、総合労働相談は119万8,010件で、18年連続で100万件を超える高止まりが続いています。あっせん申請の内容別内訳では「解雇」が892件で最多でした。この統計は建設業に限定したものではありませんが、退職や解雇を巡る紛争が業種を問わず継続的に発生していることが分かります。建設会社でも、労務管理上の備えが必要です。
退職勧奨の紛争リスクを下げる3つの管理
退職勧奨は解雇ではなく、会社が従業員に退職を提案し、従業員が応じるかどうかを決める手続きです。厚生労働省も、本人の自由な意思決定を妨げる退職勧奨は、違法な権利侵害に当たる場合があると説明しています。
勤務上の問題を指摘することや適正な業務指導が、直ちにパワーハラスメントになるわけではありません。しかし、必要性を超えた言動を繰り返す、多人数で取り囲む、退職以外の選択肢がないと思わせる、長時間または多数回にわたり回答を迫るといった進め方は、自由意思を巡る争いにつながり得ます。
紛争リスクを下げるために必要なのは、次の3つの管理です。
・面談前:勤怠記録、注意・指導の内容、改善の機会、就業規則との整合を時系列で整理し、退職勧奨以外の配置転換や指導継続も検討します。
・面談中:必要に応じて記録担当者を同席させ、説明内容と本人の反応を記録します。ただし、多人数で取り囲む形や長時間・多数回にわたる面談は避けます。退職を強制する場ではないこと、持ち帰って検討できること、拒否できることを明確に伝えます。
・面談後:日時、参加者、説明内容、本人の発言と回答を記録します。退職届をその場で書かせることは避け、必要に応じて社会保険労務士や弁護士へ相談します。
退職勧奨は、本人が自由な意思で応じるかどうかを判断できる状態が前提です。退職届が提出されていても、その作成過程に強制や誤認があったと主張されれば、後から退職の有効性が争われる可能性があります。
また、パワーハラスメント防止措置は、2022年4月1日以降、中小企業を含むすべての事業主が対象です。会社方針の明確化、相談窓口の整備、事実関係の迅速な確認、プライバシー保護、相談を理由とする不利益取扱いの禁止などが求められます。
保険で確認する費用と自己負担
雇用慣行賠償責任補償では、不当解雇や雇用差別、ハラスメントなどを理由として会社、役員、管理職などが損害賠償を請求された場合に、法律上の損害賠償責任に基づく賠償金や争訟費用が対象となることがあります。この事例でも、和解に伴う賠償金と弁護士費用などが支払対象として扱われました。
ただし、同種の請求であれば必ず保険金が支払われるという意味ではありません。補償の対象となる行為、請求が提起された時期、遡及日、保険期間、支払限度額、免責金額、争訟費用の内枠・外枠、保険会社の事前承認の要否は、契約内容・特約・事故状況により異なります。会社側だけで責任を認めたり和解条件を確定したりする前に、保険会社の事前の承認が必要です。連絡だけでは足りず、承認を得ないまま責任を認めた場合、保険金が支払われない、または減額されることがあります。
保険で必ずしも対象とならない費用もあります。在職中の労働の対価として支払うべき賃金や残業代、退職金などは、補償対象外となる場合があります。一方、不当解雇を理由として請求される解雇後の賃金相当額などは補償対象となる契約もあるため、両者を区別して確認する必要があります。
社内調査や制度改定、行政調査・行政処分への対応、採用・離職対応、現場の工期遅延に伴う追加費用、売上減少、ブランド毀損への対応費用なども、雇用慣行賠償責任補償で当然に対象となるものではありません。具体的な支払可否は、契約内容・特約・事故状況ごとの確認が必要です。
事故発生時の実務では、請求書や代理人通知を受け取ってからではなく、従業員が不当解雇やハラスメントを主張した段階で連絡基準に該当するかを確認します。面談記録、勤怠記録、就業規則、指導書、メール、チャット、退職届などを保存し、労務対応と保険事故の連絡を並行して進めます。
この事例は、退職勧奨の経緯が記録されていないと、会社の意図と従業員の受け止めのずれが紛争費用に変わり得ることを意味します。
実務上は、面談前の事実整理、必要に応じた記録担当者の同席、心理的な圧迫を避けた説明、発言記録、回答期限の確保、社会保険労務士や弁護士への事前相談が問われます。
弊社は、雇用慣行賠償責任補償を契約するだけでなく、対象となる請求、遡及日、支払限度額、免責金額、争訟費用、事前承認の扱いを証券単位で確認することが経営管理だと考えます。
実務上は、保険への初動連絡と労務対応を同時に進める社内手順が欠かせません。

前田朗伸(まえだ あきのぶ)
株式会社イカリエージェンシー(1956年創業/AIG損保 AMA認定代理店)
損害保険トータルプランナー/AIG Executive Risk Manager(ERM)※AIG損保リスクマネジメント制度 最上位認定
建設業の労災・賠償・工事保険を専門に、実務15年以上。契約実績330社以上。
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よくある質問(FAQ)
勤務態度に課題があるだけで、直ちに退職を迫ってよいとは限りません。まず事実を確認し、就業規則に沿った注意・指導と改善機会の付与を検討します。退職勧奨を行う場合も、本人には応じない自由があることを前提に進める必要があります。
退職届があっても、提出までの面談方法や発言によっては、強制や誤認があったとして争われる可能性があります。面談前・面談中・面談後の記録を残し、検討時間を設け、本人の意思を確認することが重要です。
雇用慣行賠償責任補償があっても、全額が自動的に対象になるわけではありません。対象となる請求、遡及日、支払限度額、免責金額、争訟費用、事前承認などの条件は契約ごとに異なります。支払可否は契約内容・特約・事故状況に基づいて個別に判断されます。
参考
厚生労働省『令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況』令和8年7月7日公表(2026年9月閲覧)
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/newpage_00235.html
厚生労働省『労働契約の終了に関するルール』(2026年9月閲覧)
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouseisaku/chushoukigyou/keiyakushuryo_rule.html
厚生労働省『職場におけるハラスメントの防止のために』(2026年9月閲覧)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/
AIG損害保険『業務災害総合保険(ハイパー任意労災) 雇用慣行賠償責任補償特約』(2026年9月閲覧)
https://www.aig.co.jp/sonpo/business/product/e-injuries
最終確認日
2026年09月15日
※本コラムに掲載している図解は、一般的な仕組みや考え方をわかりやすく説明することを目的としたイメージ図です。具体的な補償範囲、支払可否、条件等は各契約内容および事故状況等により異なります。
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