
30秒でわかる要点まとめ
・ポイント:民間発注者から「この金額で」「先に着工して」「追加分は後で」と求められても、そのまま受けるのではなく、見積期間・書面契約・変更協議・適正工期を確認する必要があります。
・お読みいただきたい方:民間企業等から建設工事を直接受注する建設会社の経営者・営業責任者
・リスクへの備え:発注条件を口頭のまま受けず、見積根拠、契約書、追加・変更指示、工期協議を記録し、着工前に条件を確認できる社内ルールを整備
・この記事で分かること:民間発注者対応で見落としやすい5つの契約実務
契約前に確認したい3つの場面
国土交通省の「発注者・受注者間における建設業法令遵守ガイドライン」は、発注者を建設工事の最初の注文者、受注者をその発注者から直接工事を請け負う者としています。本稿では、そのうち民間企業等から直接工事を受注する場面に絞ります。
なお、同ガイドラインは公共工事と民間工事の受発注者間取引を対象としていますが、個人が発注する工事で専ら自ら利用する住宅や施設を目的物とする取引は、対象に含まれていません。
※これは本ガイドラインの対象範囲についての整理であり、個別の建設業法上の義務の適用有無とは別に確認が必要です。
まず契約前に注意したいのが、次の3つです。
・指値発注:指値発注は、値下げ交渉そのものを禁止するルールではありません。発注者が予算額や希望額を示すこと自体ではなく、受注者と十分に協議せず、一方的に請負代金を決め、その額で契約させることが問題になります。ガイドラインでは、自社予算だけを基準に金額を決める、合理的根拠なく見積額を著しく下回る額を決めるといった行為が、建設業法違反となるおそれがある事例として示されています。
・見積期間:予定価格500万円未満は1日以上、500万円以上5,000万円未満は10日以上、5,000万円以上は15日以上の見積期間を設ける必要があります。これは契約内容の提示から契約締結または入札までの期間です。受注予定者が期間満了前に自ら見積書を交付した場合は別ですが、発注者が見積期間を設けず、その場で契約判断を求める運用は避けなければなりません。やむを得ない事情がある場合、10日以上・15日以上の見積期間は5日以内に限り短縮できます。短縮しても、10日以上のものは5日以上、15日以上のものは10日以上を確保する必要があります。500万円未満の1日以上は短縮できません。
・契約前着工:建設工事の請負契約は、災害時等のやむを得ない場合を除き、原則として工事着工前に契約書面を相互に交付する必要があります。要件を満たせば電子契約も利用できます。特に「先に入って、金額は後で」は避けるべき運用です。請負代金について合意しないまま着工させ、施工途中や終了後に発注者が一方的に代金を決めるケースは、ガイドラインでも違反事例として示されています。
つまり、発注者との関係が良好であっても、「いつもの相手だから」「急いでいるから」を理由に、価格、工期、施工範囲が曖昧なまま着工しないことが重要です。
見積書の内訳や工期見積りまで含めた制度全体の整理は、「改正建設業法後の見積・契約・工期の直し方」もあわせて確認できます。
追加工事と短工期は「後で」が危ない
工事が始まった後に特に揉めやすいのが、追加・変更工事です。
追加工事等により当初契約の内容を変更する場合は、災害時等のやむを得ない場合を除き、原則として追加工事等の着工前に書面で契約変更を行う必要があります。「追加分は最後にまとめて精算する」という口頭の約束だけで進めることは、契約内容や金額をめぐる紛争につながります。
ただし、工事の状況によって追加数量等を着工前に確定できず、その都度正式な変更契約を結ぶことが不合理な場合まで、工事を止めなければならないという意味ではありません。
この場合、ガイドラインでは、追加工事の着工前に、具体的な作業内容、契約変更の対象となることと変更時期、追加工事に係る契約単価を記載した書面を取り交わし、内容が確定した時点で遅滞なく変更手続きを行う考え方が示されています。
現場で追加指示を受けたときは、①何を追加するのか、②金額または単価をどう扱うのか、③工期に影響するのか、④誰が承認したのか、の4点を記録してから進める運用にしておくと、後日の認識違いを減らせます。
もう一つが短工期です。
「著しく短い工期」は、単に日数が少ないだけで一律に決まるものではありません。「工期に関する基準」、受注者が提示した工期、過去の同種工事、時間外労働規制を守って施工できるかなどを総合的に見て個別に判断されます。発注者による設計変更や追加工事、図面承認の遅れなどで工期が不足したにもかかわらず、必要な工期変更や人員増を認めず、結果として通常よりかなり短い工期となるケースも、ガイドラインで問題となる事例として示されています。
ここで建設会社側も注意が必要です。建設業法第19条の5は、もともと注文者である発注者だけを規制していましたが、令和7年12月12日に完全施行された改正建設業法で第2項が加わり、受注者である建設業者についても、通常必要と認められる期間と比べて著しく短い工期による請負契約の締結が禁止されました。
時間外労働の上限規制に抵触する長時間労働を前提とした工期については、受発注者双方が合意していたとしても、ガイドラインでは建設業法違反となる行為事例として示されています。発注者が希望した工期だからという理由だけでは、受注者側の判断責任は消えません。
中央建設業審議会の「工期に関する基準」でも、受注者が時間外労働規制を遵守できる適正な工期を見積もり、発注者がその内容を確認・尊重することが求められています。猛暑日などの不稼働や休日も、工期設定で考慮すべき要素です。
発注者対応を会社のルールにする
今回の5項目に共通するのは、発注者から何か言われた後に交渉するだけではなく、受注する側にも契約管理が求められていることです。
会社で最低限決めておきたいのは、①発注者から受け取った見積条件の保存、②見積金額と工期の根拠の保存、③着工前の契約確認、④追加・変更指示を受けた場合の書面化、⑤金額や工期を変更するときの社内承認者です。担当者ごとに対応が違う状態を避け、営業と現場の双方が同じルールで止められる仕組みにしておくことが重要です。
契約条件の未整理による損失は、保険で当然に埋められるものではありません。指値を受け入れたことによる採算悪化、追加工事代の未回収、短工期に対応するための増員費用や追加の施工費、工期遅延に伴う追加費用や売上減少などは、一般的な第三者賠償責任保険や任意労災で当然に対象となる費用ではありません。
施工中の事故や労災など別の保険事故が発生した場合には、第三者賠償責任保険、任意労災などの補償を確認することになりますが、対象となる損害・費用や支払可否は契約内容、特約、事故状況等により異なります。原価割れや追加工事代の未回収を、事故保険で解決する前提にはできません。
このガイドラインは、発注者から提示された条件で受注者が合意したからといって、著しく短い工期や、通常必要と認められる原価に満たない請負代金による契約が、当然に問題なくなるわけではないことを意味します。
実務上は、見積書を提出するときだけではなく、契約前と変更指示を受けた時点で、金額、工期、施工範囲、追加費用を確認できる仕組みが問われます。
弊社は、発注者との関係を悪くしないためにも、担当者個人の交渉力に任せず、見積条件と変更履歴を会社の記録として残すことが重要だと考えます。
実務上は、受注を断るかどうかを判断する前に、発注者と何を協議し、どの条件で合意したのかを後から確認できる運用を整えておくことが欠かせません。

前田朗伸(まえだ あきのぶ)
株式会社イカリエージェンシー(1956年創業/AIG損保 AMA認定代理店)
損害保険トータルプランナー/AIG Executive Risk Manager(ERM)※AIG損保リスクマネジメント制度 最上位認定
建設業の労災・賠償・工事保険を専門に、実務15年以上。契約実績330社以上。
あわせて確認しておきたい記事
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よくある質問(FAQ)
A.いいえ。発注者の希望額を示すこと自体で直ちに指値発注となるわけではありません。問題となるのは、十分な協議をせず、発注者が一方的に請負代金を決定し、その額で契約させるような場合です。受注者側も、見積額の根拠を示し、金額をどのように協議したか記録しておくことが重要です。
A.原則として、工事の着工前に契約書面を相互に交付する必要があります。災害時等でやむを得ない場合を除き、工事途中や工事終了後に契約書を交わす運用は認められていません。法令上の要件を満たす場合は、書面に代えて電子契約を利用することもできます。
A.合意だけで問題がなくなるわけではありません。時間外労働の上限規制に抵触する長時間労働を前提とした工期については、受発注者双方が合意していたとしても、ガイドラインでは建設業法違反となる行為事例として示されています。「工期に関する基準」や施工条件、休日、不稼働日、過去の類似工事等を踏まえて適正な工期を設定する必要があります。
参考
国土交通省『発注者・受注者間における建設業法令遵守ガイドライン(第8版)』令和8年1月(2026年9月閲覧)
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/content/001979929.pdf
中央建設業審議会『工期に関する基準』令和2年7月20日作成・令和6年3月27日最終改定(2026年9月閲覧)
https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/content/001735066.pdf
最終確認日
2026年09月03日
※本コラムに掲載している図解は、一般的な仕組みや考え方をわかりやすく説明することを目的としたイメージ図です。具体的な補償範囲、支払可否、条件等は各契約内容および事故状況等により異なります。
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